心房細動の医科歯科連携

歯周炎と全身疾患, 心房細動の関係は？

歯周炎と全身疾患の関連はこれまでも着目されており, 糖尿病や虚血性心疾患, 非アルコール性脂肪性肝炎, 関節リウマチ, 早産などとの関連が明らかにされています. 1)　歯周炎は歯周ポケットを主座とする感染症かつ炎症性疾患で, 炎症により拡張した毛細血管から炎症性サイトカインや歯周病原細菌が血行性に全身へ播種することが原因とされます.

歯周炎患者さんではAFの有病率が高いことが示す海外の疫学研究が数報ありますが, 2) 現在歯周炎はAFの危険因子に挙げられていません. 広島大学では歯周炎がAFの是正可能な危険因子であることを解明するための研究を行っています.

歯周炎の定量化指標"PISA"

歯周炎症面積（Periodontal Inflamed Surface Area: PISA)という指標をご紹介します. 歯科診察時にすべての歯周ポケットにプロービングをし, プロービング時に出血のある歯周ポケット上皮面積の総和をPISAとします. プロービングによる出血はその歯周ポケットに炎症があることを意味し, PISAが活動性歯周炎の定量化指標となります.

歯周炎の重症度は左心房の線維化と相関

AFの主座である左心房組織の線維化は,AFが持続するための基質(Substrate)となります.私たちは心臓手術時に脳梗塞予防のため左心耳を切除したAF患者さんを対象とした研究で, PISAが左心房組織線維化と正に相関することを明らかにしました. 3) 重症の歯周炎があると左心房線維化が惹起され, AFの発症, 重症化に関与する可能性が示唆されます。

心房線維化は左心耳血栓形成のリスク

心原性脳梗塞の原因となる左心耳血栓を指摘された患者さんの左心耳では, 組織の線維化が進行しています（図3）4) 歯周炎は左心耳組織の線維化を惹起することで、AF患者さんの脳梗塞発症に関与している可能性があります.

歯周炎が重症の症例ではアブレーション後の心房細動再発率が高い

心房細動に対するアブレーション治療を受ける患者さんを対象とした研究で, PISAが高値*の患者さんでは血清の高感度CRP値が上昇しており（図4）, 術後心房細動再発率が高いことが明らかになりました（図5）5)

アブレーション後の歯周炎治療で心房細動再発を抑制

歯周専門医が歯周炎治療を行うことで, PISAは改善し, 歯周炎が是正可能であることを示しています.(図6) PISA高値の患者さんの中で, AFアブレーション後３か月以内 (ブランキング期間)に歯周炎治療を受けた患者さんは, AFの再発率が有意に低いことが明らかになりました.(図7)

心房細動診療における医科歯科連携の展望

歯周炎がAFの是正可能な危険因子であることが明らかになる事で, 医科歯科連携によりAFの治療成績が改善する可能性があります。広島大学では今後も本テーマに関する研究を継続して参りたいと考えております。

歯科医院受診機会を利用した心房細動スクリーニング

広島県脳卒中・心臓病等総合支援センター, 広島大学病院では, 令和6年11月より広島県歯科医師会との共同事業として広島県内（県北、備後地域を含む）の歯科医院で心電図を測定し, 心房細動を早期発見する医科歯科連携プロジェクトを開始しました.連携する歯科医院に簡易型心電計を設置し, 患者さんの歯科受診時に歯科医師または歯科医院スタッフが30秒間心電図を測定します. 歯科医院で測定した心電図は専用の安全なクラウドを通して広島大学病院へ転送され, 複数名の循環器専門医が心房細動の疑われる心電図を判定します（図9）. 患者さんには可能な限り歯科再診ごとの心電図測定をお願いしています. 心房細動が疑われた患者さんについては, 循環器専門医が個別に治療状況を聴取し, 必要な場合は広島大学病院が地域の循環器専門医, かかりつけ医, かかりつけ歯科医の先生方と連携して治療にあたります.

プロジェクトのポイント

医科歯科連携

このプロジェクトの最大の特徴は心房細動スクリーニングを県内の歯科医院と医科歯科連携で行う国内初の取り組みとなります.　歯科医院を心房細動スクリーニングの窓口とする事で, 健康診断やかかりつけ医での定期的な検脈, 心電図測定の機会がない方に心房細動スクリーニングの機会を提供します.

歯科医師は主治医として, 心房細動が疑われる患者さんを医科に繋ぐ役割を担います. 心房細動を診断された患者さんの治療情報, 特に抗凝固治療に関する情報はかかりつけ医, かかりつけ歯科医と共有します.

広島大学病院ではこれまで医科と歯科が積極的に連携して診療、研究を行っており, 医科から歯科への患者紹介数は国内で最多規模です. 本プロジェクトは広島大学病院における医科歯科連携の実績を基盤として実現しました.

簡易型心電計と専用クラウドによる遠隔データ通信

心電図は両手で握るタイプの簡易型心電計（株式会社ジェイ・エム・エス）を用います.(図11および12）脱衣や電極貼付の必要がなく, 歯科診察前に短時間で測定できるため, 心電図測定に慣れていない歯科スタッフでも容易に測定可能です. 測定した心電図は専用の安全なクラウドでリアルタイムに広島大学病院へ転送されます. このため, 離れた医療機関とも連携でき, 既に三次市, 三原市, 福山市と広島市の歯科医院にもご参加いただいています.

循環器専門医による診断から治療へ

クラウドで転送された心電図は広島大学病院で循環器専門医が判定しますが, 心房細動は見つけるだけでなく, 早期に至適治療介入をすることが重要です. 心房細動が疑われる患者さんには治療状況を聴取し, 未治療の場合には, かかりつけの先生との連携や, 必要に応じて広島大学病院での精査や治療の機会を提供します. 特に広島大学病院から遠方の患者さんの場合は, 地域の循環器専門医の先生方に診療へのご協力をお願いさせていただきたいと考えています.

文献・資料