経皮的僧帽弁接合不全修復術(マイトラクリップ®)
心臓弁膜症の増加と心不全

心臓はからだの中で最も重要な臓器であり,全身に血液を送り出すポンプとして機能します。心臓の中には4つの部屋があり,上側の二つを左心房,右心房と呼び、下側の二つを左心室,右心室と呼びます(図1)。この4つの部屋が規則正しく拍動を繰り返すことで,心臓は効率的に全身へ血液を送り出すことができます。肺で酸素化された血液がまず左心房に送られ,左心房と左心室の間にある僧帽弁を通って左心室に送られます。左心室の心筋壁は厚く,収縮することによってポンプとして機能します。左心室から駆出された血液は大動脈弁を通って大動脈から全身に送られます。
心臓の部屋と部屋のあいだには,逆流を防止するための心臓弁がついていますが,高齢化社会にともなって心臓弁が何らかの原因で機能しなくなる心臓弁膜症が増加しています(図2)。その中でも最多を占めるものが僧帽弁閉鎖不全症で,様々な原因により僧帽弁が完全に閉じなくなり,左心室が収縮した際に血液が左心室から左心房に逆流してしまう病気です(図3)。重度の僧帽弁閉鎖不全になると息切れやむくみなどの心不全症状が出現し、命に関わることがあります。
経皮的僧帽弁接合不全修復術(マイトラクリップ®)とは?
僧帽弁閉鎖不全症の最も標準的治療法は,外科手術(弁形成術,弁置換術)です。外科手術では,治療後の逆流がほぼ0となるような優れた制御効果が期待できる反面,一定の時間心臓を停止させて人工心肺という機械につなぐ必要があります。このため,外科手術が何らかの理由で受けられない,または向いていない患者さんでは治療に踏み切るのが難しい場合があります。具体的には,
- 非常に高齢である
- 心臓のポンプ機能が非常に悪い
- 悪性腫瘍(ガン)の合併がある
- 全身の脆弱性が高い
- 免疫不全の状態である
- 以前に心臓手術を受けたことがある
- 僧帽弁閉鎖不全の原因が,左心室や左心房の病気にある(機能性僧帽弁閉鎖不全症)
などの場合が挙げられます。
マイトラクリップはこうした患者さんにも行うことが可能な新しい治療法です。心臓を停止させたり胸を切開したりする必要がないため,従来の外科手術よりも体にかかる負担が少なく,これまで手術を受けることが難しかった患者さんに対しても治療の選択肢を増やすことができるようになりました。

先端に小さなクリップのついたカテーテル(細い管)を体の血管を通して入れ,三次元心エコー図を見ながら逆流の原因となっている僧帽弁の場所をクリップでつかんで逆流を減少させます(図1~3)。クリップで僧帽弁をつかむという性質上,弁のかたち・性状によってはマイトラクリップの治療が困難な患者さんもおられます。このため,通常は術前にあらかじめ心エコー検査等で僧帽弁のかたちや逆流の場所などの評価を詳しく行い,全身状態や心臓の機能などその他の項目とあわせて,マイトラクリップの適応がありそうかどうかを決定します。適応の決定にあたっては,カテーテル医,心エコー医,一般循環器内科医,心臓血管外科医,麻酔科医などの多職種からなる弁膜症チーム(ハートチーム)で議論して,最適な治療方針を決定します。
マイトラクリップ治療の実際の流れ
- 太腿の付け根の静脈からカテーテルを出し入れすることができる管(シース)を挿入します。
- シースを通して心房中隔穿刺針を入れ,心房中隔に小さな穴を開けて右心房から左心房にガイドワイヤーを挿入します。
- シースを抜去し,ガイドワイヤーに沿わせてより太い治療用のガイドカテーテル(直径8mm程度)を左心房内に挿入します。
- ガイドカテーテルから,クリップが先端に装着されたクリップデリバリーシステムを入れ,左心房内に挿入します。
- 三次元心エコー図とX線透視画像を参照しながら,クリップを僧帽弁逆流のある治療部位まで操作し,僧帽弁の弁尖をクリップでつかんで収納しクリップを閉じます。
- 僧帽弁逆流が減少していることを確認したうえで,クリップを切り離して留置します。逆流が多い場合はクリップの位置を修正したり,追加クリップを置いたりする場合もあります。
- クリップを留置した後は,僧帽弁が開いた時には二つの穴から血流が通過することになります。
- 僧帽弁が閉じたときはしっかり弁が接合して逆流が減少します。クリップ留置位置を確認後にカテーテルを引き抜き,止血処置などを行って終了となります。

マイトラクリップ治療の特徴,メリットは?
マイトラクリップ治療には,以下のような特徴,メリットがあるため,身体への負担が少なく,外科手術の高い方にも実施が可能な新しい治療です。術後は1週間程度で退院でき,早期の社会復帰が可能です。
- 経大腿静脈アプローチ(動脈穿刺なし)
- 心拍動下治療(人工心肺必要なし)
- クリップ位置の再調整が容易に行える。
- 開胸手術に比べて短い入院期間(経済効果、フレイル対策)
広島大学病院のマイトラクリップ治療の特長
各分野のスペシャリストが集結してチームで病気に立ち向かいます
マイトラクリップを行うには、ハートチームの存在が不可欠です。当院は、高度なカテーテル治療の技術を持つ循環器内科医と心臓血管外科医をコアに麻酔科医、心臓画像診断専門医や臨床工学技士,看護師、放射線技師、その他コメディカル、事務職員など、総合病院であることを活かし、様々な職種の専門家からなるハートチームを結成し、患者さんの治療にあたっています。また,術後は十分なリハビリ実施を計画し、患者さんがご自宅に帰られ日常生活にスムーズに戻ることができるよう支援し、退院して頂くようにしています。
研究紹介
ハートチームのメンバーはマイトラクリップが日本に導入される前より世界的に有名なCedars Sinai Medical Centerに留学し、多数の経験、研究成果があります。特に3D経食道心エコーや血行動態の研究はこの分野で日本においてトップクラスのレベルにあり、マイトラクリップの臨床的予後を向上させるため新しい知見の創出に努めています。
研究論文
- Utsunomiya H, et al. Comparison of mitral valve geometrical effect of percutaneous edge-to-edge repair between central and eccentric functional mitral regurgitation: clinical implications. Eur Heart J Cardiovasc Imaging. 2019.
- Utsunomiya H, et al. Effect of Percutaneous Edge-to-Edge Repair on Mitral Valve Area and Its Association With Pulmonary Hypertension and Outcomes. Am J Cardiol. 2017.
- Ikenaga H, et al. Mechanisms of mitral regurgitation after percutaneous mitral valve repair with the MitraClip. Eur Heart J Cardiovasc Imaging. 2019.
- Ikenaga H, et al. Usefulness of Intraprocedural Pulmonary Venous Flow for Predicting Recurrent Mitral Regurgitation and Clinical Outcomes After Percutaneous Mitral Valve Repair With the MitraClip. JACC Cardiovasc Interv. 2019.
- Ikenaga H, et al. Left atrial pressure is associated with iatrogenic atrial septal defect after mitral valve clip. Heart. 2019.
- Ikenaga H, et al. Relation Between Pulmonary Venous Flow and Left Atrial Pressure During Percutaneous Mitral Valve Repair With the MitraClip. Am J Cardiol. 2018.
- 症例報告 Ikenaga H, Utsunomiya H, Nakano Y, et al. Successful MitraClip Therapy for Atrial Functional Mitral Regurgitation With Severe Mitral Annular Calcification. JACC Cardiovasc Interv. 2021 Jan 11;14(1):101-102.
- 症例報告 Ikenaga H, Utsunomiya H, Nakano Y, et al. Free-Floating Left Atrial Ball Thrombus Following Transcatheter Edge-to-Edge Mitral Valve Repair With the MitraClip Device. JACC Cardiovasc Interv. 2024 Jun 24;17(12):1498-1499.
- Takeuchi M, Utsunomiya H, Ikenaga H, Nakano Y, et al. Prediction of tricuspid regurgitation regression after mitral valve transcatheter edge-to-edge repair using three-dimensional transoesophageal echocardiography. Eur Heart J Imaging Methods Pract. 2025 Jan 29;3(1):qyaf016.